LOGINエステルたちが王国騎士団の登用試験受験の手続きを行ってから10日が経った。今日はいよいよ試験の本番だ。
結局最後まで一人部屋の空きがある宿が見つからず、この日まで二人はずっと同じ部屋で寝泊まりしていた。特に間違いは起きていない。クレイ的には鋼の自制心なんてものも特に必要はなかった。……健全な男子として、それはどうなのだろうか? ともかく、朝早くから起きて支度をしなければならないのだが…… 「ほら、早く起きろって!試験に間に合わないぞ!!」 「うにゅ〜…………あと一日〜」 「二度寝のレベルじゃねえっ!?」 エステルは本来、朝が苦手というわけではない。むしろ誰よりも早く起きて、朝からうるさ……元気一杯である。 では、なぜ彼女がこんな状態かというと…… 「どんだけ楽しみにしてたんだよ……」 今日の試験が楽しみで、興奮しすぎて眠れなかったのだ。エステルは毎日きっちり10時間は寝ないと調子が出ないお子様だ。 「ほら、今日を逃したら次はまた来年だぞ?」 「う〜……わかったよぉ……」 クレイが布団を無理矢理はがすと、彼女はようやく目をこすりながら起きだした。寝間着が着崩れてあられもない格好だが、もうクレイの心は特に波立たない。まったくの凪である。 「あ〜……寝癖がついてんぞ。ああ、よだれの跡も……さっさと顔を洗ってこい」 「ふぁ〜ぃ…………ねむ……」 完全にオカンと子供のやり取りだ。そうやって何とかエステルに支度をさせて、二人はどうにか宿を出発することができた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 「よ〜し、頑張るぞ〜!!」 朝のテンションの低さとはうってかわって、元気いっぱいやる気十分のエステルだ。まだ朝靄に煙る街路を王城に向かって二人は歩く。 騎士団登用試験は王城にある王国騎士団本部にて行われる事になっている。 「そういやお前……王城でアランさんに会ったんだっけ?」 あの日、王城の中をアランに案内してもらった事はクレイにも話している。しかし、後宮で襲撃されたことは話をしていない。 別に隠してるわけではない。単に忘れただけだ。 「うん!!色々案内してくれたんだよ」 「そうか……(やはり貴族……それもかなり高位だろう。それに、やっぱりコイツに惚れたのか?)」 鼻歌すら歌い出しそうな上機嫌で前を行くエステルをぼんやりと眺めながらクレイは考える。 (あまり深入りしない方が良いと思うが……これから騎士になれば、そうも言ってられないか。なんにせよ、注意はしておくか) クレイは貴族に対して警戒心を持っている。この国の貴族は、平民は庇護すべき者たち……という考えで、目に余るほどに横暴な振る舞いをする者は多くはないが、中にはそのような手合もいる。 だが、クレイが貴族を警戒しているのはそれが理由ではない。エステルの両親……ジスタルとエドナが王都を出ることになった理由に貴族が関わっていると考えているからだ。 直接聞いたわけではない。だが長年の付き合いで、彼らが貴族に良い感情を持っていない事は何となく察している。より正確に言えば、王都の貴族……に対してだ。 そんな彼らが良くエステルを王都に出したものだ……と彼は思った。そして、おそらくは自分の事を信頼してくれているのだ……とも。 ならば、彼らの期待に応えるためにも、この危なっかしい幼馴染は自分が守らなければ……と、彼は決意にも似た思いを抱くのだった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 二人は王城前までやって来る。エステルが先日訪れたときは多くの観光客で賑わっていた広場も、早朝の時間帯ということもあり閑散としていた。 開け放たれて自由に出入りできた城門も、今は固く閉ざされて門番が前に立ち塞がっている。 「さて……試験場は騎士団本部ってことだが……お前一度来てるんだろ?場所分かるか?」 「ううん、騎士団本部は行ってない」 「何だ、お前のことだから一番最初に行ったのかと思ったぞ」 「っていうか、騎士団本部ってお城の中にあったんだね〜」 「あ〜……そういう事か……」 それを知っていれば、エステルはアランに案内を頼んでいたことだろう。受験手続きのときにしっかり話を聞いていれば分かったはずなのだが、当然クレイに丸投げしていたエステルが知るはずもない。 「んじゃ、あそこの門番の人達に聞いてみるとするか……」 クレイは門番に話しかけて騎士団本部の場所を聞く。それによると、どうやら城壁に沿ってぐるりと裏手に回り込むらしい。 二人は門番に礼を言って、騎士団本部へと向かうのだった。エルネ城の城壁沿いの脇道を進むエステルたち。城はかなりの大きさなので当然その敷地は非常に広大である。門番に聞いた話では裏手の方に回り込むらしい。「城の裏側……ここからでも結構遠いな。もうあまり時間がないから走るか」「おっけ〜!」そして二人は一旦立ち止まってから前屈みになり……ドンッ!!ドンッ!!と、踏み込みの大きな音を響かせて瞬時にトップスピードに乗る。そして衝撃波すら伴ってあっという間にその場を走り去ってしまった。たまたま朝の散歩をしていた老紳士が、驚きのあまり腰を抜かしてへたり込むのに彼らは気が付かなかった…… ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆「おっと!!あそこみたいだぞ!」「いっぱい人が集まってるね!!」走り出してからそれほど経たないうちに、多くの人集りが二人の行先に見えてきた。帯剣した若者たちの……その出で立ちや雰囲気からして、騎士志望者の集団で間違いないだろう。ザザーーーッッ!!!あっという間にそこに近付くと、集団の直前でエステルたちは急制動をかけて止まる。あまりの勢いだったものだから、もうもうと盛大に土煙が舞った。ド派手な二人の登場に好奇の視線が集まる。特にエステルは、その美少女ぶりも相まって無数の視線が突き刺さるが、当人はどこ吹く風である。さて……彼らがやってきた場所は、門番に聞いた通り城壁に沿ってぐるっと城を回り込んだ裏側。かなりの広さを持つ広場だ。石畳に覆われて街路樹なども整備された王城前広場に対して、こちらは土がむき出しの地面という殺風景な場所である。ここは王国騎士団の騎士や衛兵たちが大規模な訓練を行うめの演習場で、その王城寄りには王国騎士団本部の建物が建っていた。本部というだけあって、かなり大きな建物だ。ここには事務所、作戦会議室、屋内訓練場、宿舎、食堂などがあり、騎士団の活動に必要な機能が備わっている。「もし合格すれば……ここで俺たちも働くことになるかな?」「そだね〜、がんばろっ!!」「おいおいおい、冗談はよしてくれ。お前たちみたいな田舎モンのガキどもが合格出来る訳ないだろ?」エステルたちが話をしていると
エステルたちが王国騎士団の登用試験受験の手続きを行ってから10日が経った。今日はいよいよ試験の本番だ。結局最後まで一人部屋の空きがある宿が見つからず、この日まで二人はずっと同じ部屋で寝泊まりしていた。特に間違いは起きていない。クレイ的には鋼の自制心なんてものも特に必要はなかった。……健全な男子として、それはどうなのだろうか? ともかく、朝早くから起きて支度をしなければならないのだが……「ほら、早く起きろって!試験に間に合わないぞ!!」「うにゅ〜…………あと一日〜」「二度寝のレベルじゃねえっ!?」エステルは本来、朝が苦手というわけではない。むしろ誰よりも早く起きて、朝からうるさ……元気一杯である。では、なぜ彼女がこんな状態かというと……「どんだけ楽しみにしてたんだよ……」今日の試験が楽しみで、興奮しすぎて眠れなかったのだ。エステルは毎日きっちり10時間は寝ないと調子が出ないお子様だ。「ほら、今日を逃したら次はまた来年だぞ?」「う〜……わかったよぉ……」クレイが布団を無理矢理はがすと、彼女はようやく目をこすりながら起きだした。寝間着が着崩れてあられもない格好だが、もうクレイの心は特に波立たない。まったくの凪である。「あ〜……寝癖がついてんぞ。ああ、よだれの跡も……さっさと顔を洗ってこい」「ふぁ〜ぃ…………ねむ……」完全にオカンと子供のやり取りだ。そうやって何とかエステルに支度をさせて、二人はどうにか宿を出発することができた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆「よ〜し、頑張るぞ〜!!」朝のテンションの低さとはうってかわって、元気いっぱいやる気十分のエステルだ。まだ朝靄に煙る街路を王城に向かって二人は歩く。騎士団登用試験は王城にある王国騎士団本部にて行われる事になっている。「そういやお前……王城でアランさんに会ったんだっけ?」あの日、王城の中をアランに案内してもらった事はクレイにも話している。しかし、後宮で襲撃されたことは話をしていない。別に隠してるわけではない。単に忘れただけだ。「うん!!色々案内してくれたんだよ」「そうか……(やはり貴族……それもかなり高位だろう。それに、やっぱりコイツに惚れたのか?)」鼻歌すら歌い出しそうな上機嫌で前を行くエステルをぼんやりと眺めながらクレイは考える。(あまり深入りしない方が良
後宮にて何者かの襲撃を受けたエステル。アランには『気にするな』と言われたが、流石の彼女も全く気にしないで忘れる……と言う事は無かった。「何だったんでしょうね……?アランさん、心当たりは無いんですか?」「どうだろうな?無い訳では無いが……それほど心配する必要は無いだろう」「……?」「とにかく。また襲撃されても面倒だからな。今日はこれくらいにしておくか。エステル、城門まで送ってやろう」そう言ってアランは案内を終えることを告げた。「今日はありがとうございました!アランさん!!」「いや、礼にはおよばない。俺も君を案内できて楽しかった。またいつでも来てくれ」「はい!!それじゃ、さようなら~!!」城門で二人は別れる。エステルは途中何度も振り返って大きく手を降っていた。アランは彼女の無邪気な様子に苦笑しながら、軽く手を振り返して見えなくなるまで見送るのだった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆「失礼します、陛下」エステルと別れ、執務室で溜まった書類仕事をするアラン。既に魔法は解除して、本来の姿に戻っている。今日もフレイがどっさりと持ってきた大量の書類に溜め息をつきながらも、黙々と作業を進めていた。そして、何度目かの溜め息をつこうとしたその時、何者か執務室の扉がノックされる。アランが入室の許可を出すと、茶髪に茶色の瞳の一見して目立った特徴もない男が部屋に入ってきた。アランは彼を見て、からかうような調子で言った。「どうだった?彼女は」「どうだった……じゃないですよ!!危うく死にかけましたよ!?」「よくあの一撃から逃げおおせたものだ」「……他人事みたいに言わないでください。本当にギリギリでしたよ。あと一瞬撤退が遅れていたら……今頃、森の木と一緒に真っ二でしたよ、俺は……」それを想像して青ざめる男。「突然あんな命令されるんですから……びっくりしましたじゃないですか。で、指令通り襲ってみれば、あんな化け物相手だったなんて……」そう。先程の後宮での襲撃は、彼の手によるものであり、それを指示したのはアランなのであった。廊下で使用人とすれ違ったとき、エステルに気付かれないように指令の手紙をこっそり渡していたのだ。その目的とは、果たして……「お陰で彼女の実力が良く分かった。……いや、まだあんなものではないと思うが、一端は知ることができたな。感
無人の後宮を散策するエステルたち。しっかりと手入れされ、美しい花々が咲き誇る庭園を彼女は心から楽しんでる。もしこの場にクレイがいたのならば「お前に花を愛でる感性があったなんて……」などど、失礼な事を言うに違いない。「広くて良いですね〜。キレイな花を見ながら鍛錬するのも楽しそう!」……やはりエステルはエステルだった。きっとクレイも納得するはず。「ふ……本当に剣術が好きなんだな、エステルは」「はい!……でも、王都に来てから中々鍛錬が出来なくて。鈍ってないないか心配です」シモン村では毎日剣術の鍛練を欠かさなかったエステル。だが、ここ数日はそれを果たすことができずに焦りの気持ちが生じてるのだ。「一度、宿の前でやろうとしたんですけど、クレイに止められたんです」「あ〜……確かに奇異の目は向けられそうではあるな」因みに彼女は今、帯剣している。本来の得意武器である大剣ではなく、小振なショートソードではあるが。本来は、騎士や衛兵でも無い限り王城内での武装は特別な許可が必要なのだが、アランと一緒にいるため見咎めるものは居なかったのである。「騎士になれば騎士団の訓練場で好きなだけ剣をふれるから、それまでは我慢することだ」「う〜」我慢しろと言われ、ぷく〜……と頬を膨らませるエステル。その様子が可笑しくて、アランは笑いを抑えることができない。「ははは!そんなにむくれるな。もう、あと数日だろう?」「むう……まぁ、しょうがないか。でも騎士になったら取り戻さないと!!」もはや鍛練中毒とすら言えそうな彼女であった。そうやって……実態はともかく、傍から見ればまるで恋人同士のように仲睦まじく語らいながら二人は庭園を散策する。そして、次は宮殿の中も見学しようか……と、更に進もうとした時だった。「……アランさん。誰かいます」突然、普段の脳天気とも言えるくらいに快活なエステルの雰囲気が一変する。アランは、その変わりように驚きをあらわにするが……直ぐに自身も不穏な空気を察知した。「これは……殺気?」「はい、誰かが私達を狙ってます。…………っ!!」何かが自分たちに向かって飛来するのを敏感に察知したエステルが、腰に下げていた剣を抜き放つ!!キィンッ!!キキィンッッ!!目にも止まらぬ速度で振るわれた彼女の剣は、猛スピードで飛来した何本もの矢を尽く打ち払った!!ヒュ
アランに案内されて王城見学をするエステル。中央庭園を後にした二人は、更に城の奥に進むが……「さて、ここからは一般人は入ることが出来ない場所だな」「え?入っていいんですか?」「ああ、大丈夫だ」アランは特に気にした風もなく、庭園から奥へと続く廊下を目指して歩いて行く。当然ながら行く先には見張りの衛兵が、一般人がこれ以上入ってこないように監視の目を光らせていた。しかし、アランは歩みを止めず堂々としたものだ。二人が近付くと、衛兵は静止させるべく動こうとしたが……アランの顔を確認すると再び定位置に戻って不動の体勢になった。「ご苦労」「「はっ!!」」アランが軽く手を上げて労いの言葉をかけると衛兵たちは、さっ……と敬礼する。「こんにちは〜!!」エステルが元気な挨拶をすると、少し驚いた表情になったが、無言を貫いてそのままの姿勢で二人が奥へと進むのを見届けるのだった。「えっと……アランさんって、もしかして偉い人なんですか?」「ん…………まぁ、気にするな」問われて彼は少し口籠って答えを濁す。素直なエステルは、「気にするな」と言われて、その言葉通りに気にしないことにした。エステル・ブレーンの思考回路は至ってシンプルなのである。さて、先程までは多くの一般人、観光客が周りにいたが、いま歩いている城内の廊下は閑散としたものだ。ときおり城の使用人らしき人とすれ違うが、誰も彼もアランを見ると邪魔ならないように脇に避けて、頭を下げて二人が通り過ぎるまでその場で待機するのだった。そんな光景を見てもエステルはもう気にしないで、キョロキョロと物珍しそうに城内の調度品などを眺めながら歩く。……素直すぎる娘である。そうやって暫く廊下を歩いていると、やがて二人は城の裏手から外に出て、先程の庭園と比べて倍ほどに広い美しい庭園にやって来た。「うわぁ……さっきよりも凄く広い!!お城の中にこんなに広い場所があるんですね!ここは何なのですか?」「ここは後宮だ。今は使われていないから、誰もいないが……手入れはされているから中々見応えがあるだろう?」アランが案内してきたのは、王城の最も奥まった場所にある後宮であった。先程の中央庭園とは異なる色鮮やかな花々が咲き誇り、中央部分には清らかな水を称える大きな池が。その周囲には後宮に住まう女性たちが語らうであろう|四阿《ガゼボ》が設けられ
「そう言えば、アランさんはお城に詳しいんですか?」今更な質問である。そうでなければ案内するなどと言わないだろう。だが、アランはそんなエステルのちょっと抜けた質問に、呆れることもなく答える。「まぁ、それなりにな。一般人よりは知ってると思うぞ」「へぇ~……じゃあ、王様に会ったこともあるんですか?」その何気ないエステルの質問に、アランはピクッ……となって、一瞬だけ反応が遅れる。「……いや、国王陛下には会ったことは無いな」「そっか~……王様って、強いんでしょう?私、お会いしたいんですよね~。出来れば手合わせなんかも!」「ははは!!国王陛下と手合わせか!!そいつはいいな……!!」彼女の無邪気な発言に、アランは可笑しそうに笑うが、それは馬鹿にしたような雰囲気ではなく、どこか嬉しそうなものだった。エステルもその雰囲気を察して、何だか自分も嬉しくなる。「えへへ~……でも、流石に難しいですよね」流石のエステルも、一国の王と手合わせすることが難しいのは理解しているようだ。……意外なことに。「さあ、どうだろうな……案外、願いが叶うかもしれないぞ?」「ホントですか!?」「はは、約束は出来ないがな。まぁ、勘というやつだ。……ああ、ほら見てみろ。中央庭園だ。ここまでは一般人も入ることが出来るな」まずアランが案内したのは、王城入り口から真っ直ぐ進んで突き当りにある、城内中央部の屋内庭園だった。彼が今説明した通り、ここまでは一般人も自由に立ち入ることができた。もともとは玄関ホールから先は立入禁止だったのだが、現国王になってから市民に開放されたのである。「うわぁ……キレイな花がたくさん!!」女子力皆無のエステルではあるが、キレイな花は好きである。 「それに美味しそう!!」……いや、やはり花より団子のようであった。「美味しそう……?」庭園の花々を見て「美味しそう」などと評したエステルに彼は訝しげな顔となる。「ほら、あれってプリュケスの実じゃないですか!!甘酸っぱくて美味しんですよ~!私、大好きなんです!」彼女が指差す先を見ると、なるほど……確かに幾つもの赤い実がなっている木があった。「ふむ……この実は食べられるのか?」二人はその木に近づいて、丁度剪定作業を行っていた庭師にアランが訪ねた。話しかけられた年配の庭師は振り向いてアランの顔を見ると……「